報告 菊地顕一





『源流のイワナ釣りガイド』  〜豊野則夫氏著〜
今から12年前に出版されたこの本。 この本がなければ、私の源流行はなかったかも知れないし、今の仲間達とも出会えなかったと思う。            
父親がイワナ釣りをやっていて、子供の頃よく連れて行かれた。 初めて釣れて行かれた渓が今からちょうど30年前、小学校5年の時の『奥秩父 滝川谷(当時は父親が「谷」と言っていたと記憶している)』。青ジャージに渓流タビ、脚絆といったいでたちで、八丁坂という急登をふてくされながら歩き、釣橋小屋までの道のりに疲れ、いやいや吊り橋で撮った写真が今も残っている。 それから中学校の終わりくらいまで新潟や秋田・山形などいろいろなところへ連れて行かれたが、父親にそのことを告げられる度に「はぁ〜あ、また行くのかよぉ〜。」といつもあまり乗り気ではなかった。
高校へ入ると釣りよりも楽しい事がいっぱいあって、いつの間にかイワナ釣りからは離れてしまった。
就職し、ひょんな事からイワナ釣りを再開した。と言っても山奥なんてとんでもない、車止めから歩いても1時間、昔のコマーシャルじゃないが「車を降りたら2分で釣り場♪」なんて感じの釣りだった。
そんな時出版されたのが『源流のイワナ釣りガイド』であった。 ページをペラペラめくっては「あ〜、こんな所に行ってみてぇー!でも一緒に行く仲間もいないしなぁ〜。」なんて、いつも憧れているばかりであった。
それから数年後、源流のイワナ釣りガイドの「胎内川 楢ノ木沢グレード4級」の文字が目に留まり、「4級・・・オレ達でも行けるかな?」なんて勘違いをし、友人と2人きりで初めて源流を目指した。
結果は惨敗・・・。胎内川下流部ゴルジュ帯(注:最初のゴルジュ)で佇み、途方に暮れる源流初心者の2人がいた。 そりゃ〜そうだろう、渓での泳ぎなどやったことのない、遡行技術のカケラもない2人が行くのだから・・・。
しかし、得たものも大きかった。 いまでは渓美隊の兄貴分として慕われている小峰さんに拾われ「一緒に行くか!」と楢ノ木沢まで連れてってもらい、翌日、楢ノ木沢で豊野さんにも遭遇した。 本の中でしか見たことのない「源流界の重鎮」2人に一度に会い「うお〜、すっげ〜!」と興奮した。
そしてその後、小峰さんからの縁が繋がり、今の仲間たちに出会うことができたのが、楢ノ木沢釣行!?での一番の収穫である。
その仲間たちと源流へ行くようになり8年が過ぎた・・・。
少々前置きが長くなったが、今回の釣行は当初、高橋隊長、佐藤、菊地の3人で三面川方面に行くことになっていた。しかし前週の三国川支流の釣行で高橋隊長が肋骨を痛めて欠場となってしまったため、急遽行き先を変更することになった。 そんな時、ふと思い出の渓『胎内川』が脳裏に浮かんだ。 奥胎内ダムも平成25年には完成し、薬研沢あたりまで満々と水を湛えるという。行くなら今のうちだ。
そこそこ渓を歩けるようになった今、もう一度「私の源流の原点」である胎内川へ行ってみたいと思った。

 
1978年8月8日〜10日 奥秩父 滝川谷
今はかろうじて残っている吊り橋にて父親と撮影


釣橋小屋の中   窓にはガラスもなく怖くてビクビクの小学5年!



奥胎内ヒュッテの駐車場に着いたのが午前2時30分頃。 釣り人らしきテントがひと張り、あとはヒュッテに泊まっている人達であろうか、ファミリーカーが4、5台停まっている。 まずは入山祝いの乾杯だ。
「団子河原のテン場は極上らしいじゃん!」とか「西俣沢の魚止めまで行きたいねぇ。」などと期待に股間を膨らませ話がはずむ。2本目の缶チューハイがなくなる頃、仮眠をとることにした。
現在、胎内川下流部はダム工事により立ち入り禁止区域が設定されている。 上流部へのルートは奥胎内ヒュッテ下で本流を渡り、黒石沢右岸尾根を登りアゲマイノカッチから楢ノ木沢へ下降するルートか、池平峰の三角点から胎内川滝沢出合に下りていく2つのルートに限られるらしい。 思い出の『楢ノ木沢』にもう一度降り立ってみたかった私は、アゲマイノカッチからのルートで行くことに決めていた。
5時半に起床し身支度を整える。 キャンプ場下手の車道から胎内川の河原に下り本流を渡渉する。 渇水しているのか、軽〜くナニが「沈」する程度の深さで渡りきれた。
ピンソールを装着し、6時キッカリに黒石川右岸尾根に取り付く。よく踏まれた道をブナに切りつけられた文字を眺めながら進み、最後の急登を終えるとアゲマイノカッチ(667mピーク)だ。時計を見るとちょうど7時、源流のイワナ釣りガイドに書いてあるように1時間で到着する。なかなかいいペースだ。
それにしてもザックが重い・・・。渓での宴会に重きを置く渓美隊、高橋隊長が欠場なのにもかかわらず、酒・つまみを3人分のつもりで用意してしまった。たぶん佐藤くんも同じように大量の食材を持ち込んできたことだろう。 山の中で酒が無くなる地獄だけは絶対に避けたいのである・・・。
小休止のあと楢ノ木沢へ下降する。 潅木につかまりながら踏み跡を行くが、そのうち不明瞭になり「このまま下れば適当なところに下りられるでしょ!」とガンガン下っていく。 途中からルンゼを急降下し、ピークから50分で楢ノ木沢に降り立った。
8年ぶりに楢ノ木沢の渓相を見て懐かしさが込み上げてくるかと思ったら、すっかり忘れていた。

 
前方がアゲマイノカッチ山越えの尾根                  渡渉でナニが「チ〜ン!」

 
アゲマイノカッチで一休み                         もうすぐ楢ノ木沢だ


胎内川本流との出合までは小さなゴルジュを通り10分ほどであった。出合手前にトラロープが下がっており胎内川本流左岸側の段丘に上がる。ここからは踏み跡が作四郎沢出合まで続いているという。「だったら楢ノ木から作四郎までの間は竿抜けしているかも?」なんて一瞬考えたが、今日のテン場は団子河原、初めての遡行だし時間が読めないので踏み跡を使うことにした。
途中までは踏み跡だった・・・。確かに・・・。 道はだんだん不明瞭になり小さなルンゼを横切ると急な草付きの斜面となり踏み後を見失ってしまった。 ルンゼを登り踏み跡を探すが見当たらない。 15mほど先上方の潅木に古びたピンクテープが下がっている。
「あそこが踏み跡だ!とりあえずあそこまで行けば大丈夫だ〜!」
急斜面を落ちたら沢床まで真っ逆さま。草を束ね、ゆっくりと慎重にトラバースする。 ピンソールの有難さを改めて実感した瞬間だった。
それからも潅木帯を「ツイスターゲーム」のようにくぐり抜け、作四郎沢出合についたのは楢ノ木沢出発から2時間後のことであった。
水がないと生きていけない渓美隊。沢床に瞬間、さっきまで死んだ魚のような眼をしていた2人は眼は、まるで水を得た魚のようにキラキラしていたことだろう。
「浦島の廊下を過ぎてから竿を出そう!」ということになり、写真を撮りながら『ニセ浦島』『浦島の廊下』を通過する。渇水しているのか、ヒザの水量で難なく通過できた。 ゴルジュを抜けた河原で小休止をし、さぁいよいよ胎内川での一投だ。

 
本流に向け狭い廊下帯を進む


作四郎沢出合 やっと水が拝めたよ〜


ニセ浦島を進む


ニセ浦島で『ニセ写真』  本当はヒザの深さ

 
薬研沢出合                                    浦島の廊下を行く


浦島の廊下 出口付近


空を見上げるとさっきまで晴天だったのに今にも泣き出しそうな空。 2人ともキモチ良くテンカラ竿を振りながら遡行するが、魚が全く走らない・・・っていうか「魚類不在かっ!!」と思うくらい全くアタリがない。 左岸からセンノキ沢が5段30mの滝を懸けて入り、だんだんとモチベーションが下がりかけたその時、待望のアタリが来た。
「バシッ!」と合わせると胎内1発目から尺上だ。いきなり2人とも俄然ヤル気が出てくる。その後も9寸クラスを数尾ゲットし今晩のオカズは充分に確保することができた。
滝沢出合までは胸までの通過と泳ぎが1回。 釣りをしている時には夢中で気付かなかったが、ただでさえ重いザックが水に濡れてメチャクチャ重くなり、2人の顔には疲労の色がベッタリ、足下はフラフラ・・・。
「オカズ確保したから釣りはもういいかぁ、テン場まで歩いちゃおうよ!」「賛成〜、そうしよう!!」と、さっさと釣りを切り上げテン場に向うことにする。
この切り替えの良さが渓美隊の身上である。
団子河原のテン場は左岸ブナの大木が数本寄り添っている真下にあった。まっ平らで14〜15人は余裕で泊まれる極上のテン場だ。
「無事到着〜、ハァ〜疲れた。」「お疲れ〜、1杯だけ呑っちゃう?」「1杯だけね・・・疲れをとらなくちゃいけないもんね!」当然、1杯だけで終わるはずがない・・・。 ビールがワインになり、ツマミに「ミモレット」というチーズも取り出して本格的な呑みになってしまう。
「とっ、とりあぇず〜、タープはってぇ〜、薪ひろい終わらせてからぁ〜、あらためて呑ろうかぁ。」「そうられぇ〜。」2人ともかなりイイ気分である。
その夜は「ガッツリ呑むぜ!!」などと息巻いてたものの、疲れと寒さのせいで私は早くもダウン。佐藤くんも1人じゃツマラナイからと早々に寝袋に入ったようだ。

 
1発目から尺上だい!                  佐藤くんにもキターッ!

 
団子河原の極上のテン場                         新作『イワナとキムチのサラダ』



ツマミを平らげるとすぐに撃沈!



明けて翌日、最近定番の早立ちメシ「納豆ご飯」で朝食を済ませ、西俣沢の魚止滝を目指し8時に出発する。
団子河原も終わりに近づく頃、シトシトと雨が降ってきた。左岸から与兵衛沢が小滝を懸けて出合い、渓は左に曲がりゴルジュ帯となる。しかし、ヒザ下で難なく通過。 雨が降って活性が上がっているのか飽きない程度にイワナが顔を出してくれる。 右岸6m滝で出合う沢を見送り、左岸から長兵衛沢を合わせると、すぐ20m先が東俣沢と西俣沢の二俣だ。
東俣沢の魚止滝はすぐとのこと、「まずは東俣の魚止めだね!」と佐藤君が竿を出しながら魚止めを目指す。 両岸が狭まったゴルジュ帯を100mほど遡り、魚止滝下段の釜に仕掛けを入れる。 とたんに竿先が「ググーン!」と絞り込まれ、取り込んだのは今釣行最大の尺2寸のイワナであった。 すぐ上に魚止滝上段の滝頭が見えるのだが、寒くて下段の釜に浸かるのがイヤだったので、魚止め確認はアッサリと諦め西俣沢に向うことにした。
西俣沢に入ると両岸が狭まり、小滝をかけて好ポイントが続く。 「そういえば腹減ったな〜。」と時計を見ると12時をとうに過ぎている。渓が右に曲がるところで昼食の汁ビーフンを茹でる。「ぷは〜、あったけ〜!」冷えきった体に熱々のスープが染み渡った。
「雨もだんだん強くなってきたし、西俣の魚止め確認はもういいか。」「そうだなぁ〜、早めに帰って宴会の準備しよっ!」と2人の意見が合致し、これまたアッサリと魚止め確認を諦め、テン場を目指してさっさと帰るのであった。
約1時間でテン場に到着。まったりと釣りながらの遡行だったので、距離的には大して進んでいなかった。 テン場服に着替える頃には雨も止み、早速宴会の準備にとりかかる。 今シーズンの釣りも残りあとわずか、今夜は盛大に呑ろう!!
「寿司食おうぜ〜!」「天ぷら揚げようぜ〜!」「ジャンジャン呑もうぜ〜!」と最後の夜を満喫すべく、2人だけの宴会がスタートした。 呑むほどに饒舌になり、いつもの如く歌い、踊り、そして呑み、大いに盛り上がった。っていうか、途中から記憶ないけどね・・・。

 
与兵衛沢出合 ここから渓は左に曲がる                長兵衛沢出合


東俣沢と西俣沢の出合

 
東俣をどんどん進みます                          東俣沢魚止滝 奥に見えるのが上段

 
下段の釜で佐藤くんが掛けた                      やったぜ! 尺2寸




 
西俣沢を釣る 私だってほらこの通り♪

 
好ポイントが続く                               ゴルジュの中の小さな河原で昼メシ


んでもって夜は焚き火のそばで撃沈!




最終日、晴天。今日は下山するだけだ。
『源流のイワナ釣りガイド』では滝沢右岸の小尾根を池平峰(1,024m)まで登り、登山道で奥胎内ヒュッテまで下っていくルートが記されていた。
「ヒュッテまで3時間半で着くんだってよ!近いじゃん。」「池平峰まで急坂って書いてあるけど、そんなに大したことないんじゃないの?」とお気楽モードのまま朝食をとり、後片付けをしてテン場を後にしたのは11時であった。

 
前夜、寿司も天プラもできずに撃沈!でもって、朝飯にヅケ丼にしてイワナを食す

テン場から滝沢までは10分。 ピンソールを装着し11時30分キッカリに滝沢右岸の段丘に取り付く。
初めは「マイタケないかな〜♪」なんてミズナラの木を見つけては探しに行ったり、余裕であった。しかし20分も歩くと踏み後はだんだん急になり、ところどころ不明瞭になってくる。そしてそのうち、両手に潅木をつかまなければならないほど急坂になってきたのである。 我々の認識はチョ〜甘かった・・・。考えてみれば、標高差600m近くを登らなければならないのである。 酒・食材をすべて平らげたはずのバフィン80リッターが、やけに重く感じる。
時計の高度計を見ては「まだ700m地点かよ〜っ!」と嘆き、「小休止〜。」と立ち止まっては毎回スズメバチに追いたてられる。休憩もろくに取れないままに、ひたすら登らなくてはならないのだ。 晴天が憎い・・・。
「これに比べりゃアゲマイノカッチなんてカワイイもんだよっ!」などと愚痴りながら一歩一歩足を進める。 胎内尾根がだいぶ近づいてきたころ高度計を確認してみると、900m地点を指していた。
私は「あと100m登れば頂上だぁ〜!ガンバレ〜自分〜!」と訳の分からない言葉を発している。脳内はもはや思考回路停止状態だ。シャリバテも近い・・・。
空をさえぎる木々がなくなってきた。「もうそろそろ稜線だろ〜。」と最後の力をふりしぼったとき「ポンッ!」と登山道に出た。 登ってきた谷を見て「ウォ〜!」と叫び、感動する自分を想像していたが、全く感動しなかった。
頼母木側の見晴らしは良かったのだが、胎内側は木が生い茂り全く見えなかったのである。


えらいところまで登って来ちゃったよ〜、早く稜線に着かないかなぁ〜

 
やっと登山道にでました〜                         あ〜、疲れた・・・思考停止状態


ザックを下ろし、朝飯の残りで作ったオニギリをパクつきながら30分ほど休憩する。 さぁ、後は登山道を下るだけだ!
「せっかく登ってきたので、また下るなんて貯金ゼロじゃん!」と佐藤くんが言う。たしかにその通り、虚しくなる。我々は登山グループではないのだから・・・。
ヤセ尾根をガンガン下っていく。途中、急降下ってな感じのところもあり、筋肉痛の太モモには堪える。
遠くにダムの工事現場が見えた。 俄然ヤル気が沸いてきたが、もう喉はカラカラ。水は池平峰山頂で全部飲み干してしまっている。頭の中を「コカ・コーラ」が支配する。
小ピークでのアップダウンを2度ほど繰り返し、頼母木川に架かる吊り橋にたどり着いた時には16時になっていた・・・。 私も佐藤くんも強靭な足腰とは言わないが、決して弱い方ではないと思う。 のぶさん(高橋隊長)と空身で平坦な沢ではあったが、今早出のガンガラシバナ直下からアカバ沢のテン場まで、シャリバテで走って2時間半で帰ってきたこともある。
同じコースを辿って3時間で奥胎内ヒュッテまで帰ってきた方がいた。いったいどんなに強靭な足をしているのであろう?
ある意味、この帰りのルートが今釣行での最大の核心部であった・・・。

 
眼下にダム工事現場が見える                       あのてっぺん辺りから歩いてきたのかよ〜


やっと吊り橋に到着〜♪


奥胎内ヒュッテ脇のゲートに着くなり「コーラ飲みてぇ〜!」とヒュッテに向かいダッシュをすると、改装したらしくガラス越しに見える室内はとてもキレイで、3日間の山中生活で納豆臭を放っている私たちを快く入館させてくれるとは思えなかった。しかし背に腹は変えられない・・・。
玄関からふと横に目をそらすと、外に自販機があるじゃないか! 「はぁ〜、助かった。」とコーラを探すが見当たらない。しかも炭酸系がひとつもない。
「マジかよ〜!」と目を皿のようにして探したら1つだけメーカー不明の「サイダー」があった。しかも500ml。 下山時にいつもコーラを飲むが、350ml缶を全部飲めない私である。
「全部飲めないと思うから、ちょびっとだけちょうだいよ、佐藤くん。」
「絶対全部飲めるから買いなよ、けんちゃん。」
ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ・・・グゥエ〜ップ! 一気に飲み干してしまった。 それだけ帰りのルートはキツかったのであろうか・・・。



『源流のイワナ釣りガイド』・・・ガンガラシバナもジッピも、女川やその他の渓も、この本を参考に遡行してきた。
そしてまた胎内川が私の源流行の1ページに付け加えられた・・・。 ってちょっと気取りすぎかっ!?


全日本暇人協会さん美食部会ご推奨 胎内市内「麺楽」の味噌とんこつらーめん
無料のキムチ、ニラキムチをトッピングし放題  マジ美味かったです♪