報告 高橋信博



本やテレビ、ラジオやパソコンなど、情報を一切遮断することを「情報断食」というらしい。今回は事前の情報を一切得ず、遡行図も持たず、地形図のみを頼りに初見の沢を遡り、今では使われなくなった幻の道を探し当てて下山するという、ちょっぴり冒険チックな、結論からいうと「ああ、帰ってこられてよかった〜!」というお話・・・。
当初は下流部のゴルジュが有名な某河川に行く予定だった。滝の登攀、高巻き、懸垂下降、泳ぎ、と何でもありのこの沢に行くために、登攀具やヘルメットなども準備していたのだが、崖崩れによりアプローチに使う林道が通行止めになっていることが出発前日にわかった。
石川ちゃんと打ち合わせの結果、「足尾近辺の沢で遊びますか〜、ちょっと考えてみます!」ということになり、まったり気分で佐藤と足尾へ向かった。
舟石峠の駐車場に到着し、いつものように呑み始める。
石川ちゃんから「庚申川支流の笹ミキ沢に行ってみましょう!」と聞き、「ふ〜ん、可愛らしい名前だね〜♪」などと完全にナメていた。だが酒が進むうちに、どうやら滝だらけの沢であることがわかってきた。しかも石川ちゃんも行ったことがないらしく、遡行図さえも見てこなかったという。ここで石川ちゃんから「情報断食」という言葉を聞いたのだ。
私と佐藤はすっかり癒し系の沢に転戦すると思っていたため、ヘルメットはもちろんハーネスも家に置いてきてスワミベルト(腰だけの簡易ハーネス)しか持ってきていなかった。あわてて荷物を探り、「ああよかった〜、エイトカン入ってた〜!」なんて調子。
だが、すでにビール、マッコリを空け、ワインに突入していたノーテンキな我々は、「まぁなんとかなるっしょ〜!」と言いながら、朝の4時半までガッツリ呑んでしまうのであった。
8時過ぎに目を覚ますと案の定二日酔い。たぶん厳しい遡行になるだろうから急がなきゃと、気は焦るのだが腰が上がらない。ダラダラと宴のあとを片付けて庚申川の車止めに移動して出発。1泊で可能な行程だが、当初の予定が2泊だったため、酒、食料は2泊分を背負っている。林道歩きが暑くてたまらない。そりゃそうだ、もう昼近いのだから。ようやく笹ミキ沢に入ったのが12時半であった。
ゴルジュの中のいくつかの滝を越えると2段20mの滝が出てきた。
下段は左側を登れそうだが上段は厳しそうだ。巻き道を探すが、見たところ右岸側は壁で巻けそうもなく、左岸のルンゼを石川ちゃんが空身で偵察に行く。見た目よりかなり悪かったようで途中まで登った石川ちゃんが、「これ違いますね〜、懸垂で下りま〜す!」
佐藤がもう1度右岸を見に行くと、垂直に切り立った石壁の裏側に抜ける巻き道を発見した。この滝を越えてホッとしたのもつかの間、再び20mほどの滝が現れる。
そこでまたまた一見登りやすそうな左岸のルンゼに取り付いてしまい、これは違うと懸垂で下りる。右岸のルンゼはいかにも悪そうだったので手前の小尾根を登ってみる。と、またまたハマって今度は30mの懸垂下降。この時シングルで下降する場合のザイル回収システムを石川ちゃんから教わる。重荷を背負ってスワミベルトでの懸垂下降は安定感がなく、しかもヤブを裁きながらだから非常に疲れる。結局1番ヤバそうだったルンゼを無理やり登ると滝の落ち口方向にトラバースする踏み跡があった。これがまた高度感がありピンソールが欲しくなるような泥壁で、大型ザックに酒、つまみ満載の我々にはちょっと恐い。ここは念のため石川ちゃんが空身でザイルを引いてくれた。その後5、6mの滝をいくつか登り、テン場を探しながら進むとまたもや登れそうもない滝が現れた。ここは巻き道が明瞭だったがやはり落ち口へのトラバースが悪かった。なんとか暗くなる前に平坦地を発見。やれやれと初日の遡行を終了したのであった。


いざ、笹ミキ沢に向けて出発!(でもバリバリ二日酔い)


最初に現れた大滝  右岸の巻き道から越えた


次に現れた大滝  これも右岸に巻き道があった




もちろん全員オニク持参  ガッツリ食って明日に備える


整地したらなかなか快適なテン場

2日目、今日は笹ミキ沢を遡行し、舟石新道を探して下山する予定だ。
舟石新道とは昭和25年頃に舟石峠〜庚申山荘を結ぶ道として開かれ、林道が通った今では廃道と化し、一部のマニア?しか通らないという幻の道である。
テン場からしばらく行くと左岸から下りてくる踏み跡を発見、そこからやたらゴミやコーヒーの空き缶が捨ててあり気分が悪い。滝壺の手前には決まってブドウ虫やキジの空き箱が落ちている。おにぎりの包装紙の賞味期限を見ると8月11日。我々が入渓する前日だ。同じ銘柄のコーヒー缶があちこちに捨てられている事からどうやら同じ人間の仕業で、この沢の常連のようだ。マナーの悪さからいっても根こそぎ持ち帰りの乱獲者に違いない。
奥の二股を過ぎると魚影がちらほらと見え始めた。おそらく先ほどの踏み跡から沢に降り、ここまで釣って右の沢から舟石新道を使って帰ったのだろう。こういう人間は早く足腰弱って山にこられなくなればいいのに、と心底思う。釣り人の恥!というか釣り人とも呼びたくない存在だ。
二股の少し上流に炭焼きの跡らしき石積みがあり、その右岸側に踏み跡を発見。これが舟石新道に続く踏み跡だろうか。踏み跡を辿り、不明瞭になったところで左の尾根に登る。歩きやすい尾根を少し下流側に向かって歩いていくと、登山道のようにしっかりとした道が付いている。この道に導かれて谷を下りていくと、突如として道が途切れ垂直に近いルンゼが現れる。「やべ〜っ!これ鹿道だよ!」地図で確認するとどうやら最も険悪な谷に向かっていたらしい。この辺りはこのようなしっかりと踏まれた鹿道があちこちにあり、うっかり入り込むととんでもないことになりそうだ。ザイルもあるしこのまま下りられそうなところを探しながら、という選択肢もあったが、途中でビバークになった場合、そこに水場がなけれは焼酎の水割りが呑めない。協議の結果、元の尾根に戻ることにする。最初に尾根に乗った地点から今度は上流側に歩いていくと、「林班界」と書かれた札と四角い金属プレートがあり、笹ミキ沢側から尾根の反対側へ回り込むように踏み跡が続いている。今度こそ間違いないと谷を巻くように下りて行くと、倒木の辺りで忽然と踏み跡が消えた。再び尾根まで戻り、地図を見ながら協議する。先程の踏み跡はこの先で左から入る尾根へのショートカット道であろうと推測し、尾根に入って道を探す。
そしてついに四角いプレートの続く道を発見、「これでやっと帰れるぞ〜!」と胸をなで下したのであった。だが、この道の核心はむしろここからであった。
道といってもほとんど踏まれていない様子で、谷側はスッパリと切れ落ち、グズグズと崩れやすい。底の見えないルンゼの上を通過する時には思わず無口になってしまった。とても2泊分の荷物を背負い、フエルトソールで辿るような道ではないと感じた。「わっ!あんなとこ歩くのかよ!」と、といんでもないところに付いているプレートを追って歩いて行く。やがて道は徐々に穏やかになり、庚申山荘から300m手前の登山道に合流した。ようやく緊張感から開放され、「お疲れっした〜!」と3人でガッチリ握手。登山道から庚申川の林道に出て、車止めに着いた頃にはすっかり暗くなっていた。
その晩は石川ちゃんオススメの足尾の「ホルモン末広」へ。美味しいホルモンとこの道51年というお母さんのトークにすっかり酔いしれ、厳しくも楽しかった2日間の話で盛り上がった。
帰宅してから調べてみたら、我々が辿ったのは確かに舟石新道であった。笹ミキ沢左岸から舟石峠に向かう道は不明瞭だが、やはり四角い金属プレートを辿って歩けるらしい。こちらは危険なところはないようだ。だが今回歩いた側は「危険」「注意」と書いてあった。


2日目の遡行


獣道から登り返したところ(結構疲れてます)


ヒヤヒヤもんの道を辿り、ようやく登山道に合流した