報告 斉藤(ヂュン)


「あそこにはブリブリの尺上がウジャウジャいるよ!」
3年前、高橋さんと出会った頃に教えていただいた。おもむろにスマホを手渡されるとドヤ顔の渓美隊の先輩方の手に、明らかにサイズ感のおかしい丸太のような渓育ちのイワナが握られている写真だった。

それ以来イワナの理想郷と言っても過言ではないその渓への憧れに私は支配されていた。

基本的に第2土曜が出勤日の私には海の日の絡んだ3連休には縁がない。ケースバイケースでその出勤日が第1土曜に移ることもあるので上司に提案してみたところ「あぁそうか!もっと早く言ってくれれば移したのに。」と後の祭。仕方がない。3連休ともなればどこの渓も人、人、人で釣りにならない可能性もある。翌週の金曜に有給をブチ込んで大人の平日倶楽部を発動させてしまおう。3連休は各々楽しめば良い。渓は逃げない。ああ、これが心の余裕というものか。本音は山も渓も逃げると思っている。

「深谷ホルモンを持ってくるなら少し分けてくれないかな。絶品メニューを作るよ。」と高橋さんに頼まれていたので常備してある筈の冷凍庫を開く。ない!ありえない!はにゃにゃにゃい!信じられにゃい!アンビリバにゃい!私が留守にした日に家族が食べてしまったようだ。テンパり「あああああイライラするぅう!時間がない!どうしよどうしよ?!」頭を掻きむしりながら心の声がダダ漏れ。やむを得ず代打のホルモンを求め徒歩1分のスーパーに走る。斉藤家に迎えに来ていただき出発後15分、忘れないようにと玄関の目立つところに置いておいた沢靴を積み忘れたことに気づく。まだ取り乱していたのだろう。申し訳ないが30分のロス。他にやらかしていることはないよな。落ち着け深呼吸だ。車止めに着くと1台も停まっていない。一先ずセーフで胸を撫で下ろす。

午前3時過ぎ、2泊分の荷を収めた80Lのデカザックをいつも通り不眠の状態で担いで歩き出す。これは少し慣れてきた。テン場まで約7時間。水量次第では10時間かかったこともあるようだが、しばらく雨は降っていないので問題ないだろう。

渓に下り立つ。私の頭皮や額が発する豚汁はゲリラ豪雨で大増水だが渓の水量は落ち着いているようだ。苦手な高巻きはせず水線通しで済み、多少のアトラクションはあるもののイワナウォッチングを楽しみながら順調に遡行。

某滝までは2年前に来たことがある。左岸が崩れて頻繁にルートが変化するようで、酷いときは1時間の際どい大高巻きを強いられるようだが、この日は1人たったの3分でクリア。つくづくツいている。

滝上の嫋やかな流れに立つ。ここからは個人的に未知の世界。魚影も更に増えるらしい。佐藤さんに「もう竿を出したいんじゃない?」と聞かれたが、遥か遠く紺碧の空を見つめながら表情筋一つ動かさず「とりあえず握り飯でも食べましょう。」とあしらう。

そう、今日の私は釣欲減退ベルトを必要としないほど自分をコントロールできている。
やがてテン場近くにあるシンボリックな岩が見えてきた。足並み揃って6時間。
ああ、やっとここに来たのだなと感慨に浸りながら薪を集める。
タープを設営し、デカザックをデポしたら待ちに待ったテンカラタイム。

「食い気が立っているようだし爆釣の予感がする!」なんてお決まりのプレッシャーをかけられる。どんなサイズであれ最初の1尾目を釣り上げるまでは何とも言えない緊張感があるが各々すぐにマジックアワーに突入する。高橋さんに「ラインが飛ぶようになったね。」なんて褒められて更に調子に乗る。こんなに良い釣りができて、明日は一体どうなってしまうのだろう?!終始「イワナの桃源郷や。理想郷や。」と一人言のエセ関西弁が止まらない。腹パンになるまで良型イワナと戯れテンカラーズハイのまま納竿し腰を下ろしていると活きの良い蛾が流れてきた。と同時に水面から半身を出すほどの勢いで3回バシャッ!バシャッ!バシャッ!とイワナが食らいつき結局食い損なう。思わず「ヘタクソーー!!()」と叫んだ。


憧れの地へ いざ遡行開始


やっぱり沢は涼しいね〜






ガレ場を慎重にトラバース


テン場から釣り上がると早速ヒット!


気合い入ってます!


次々とイワナを掛ける








来てよかった〜♪

昼寝タイムを挟んで宴会の準備。良い和包丁を持っているものの、ド素人の砥いだそれは笑えるほど切れない鈍器に変貌してしまった。「職人に謝れ、イワナに謝れ!」と言われ惨めな気持ちになる前に自分にできることにせっせと精を出す。さあ宴の時間だ。

いつもの渓美隊に比べれば人数は少ないが笑いも肴も負けず劣らず。43馬力の古酒に手をつける頃にはぺろんぺろん。瞼のシャッター閉店ガラガラおやしゅみにゃにゃい。


ご機嫌でカンパイ! 明日もがんばるぞ〜!


ニューアイテムの超軽量テーブル  まな板台としてもグッド


「ホルモンうどん」 斉藤家のメニューに採用決定


塩ホルモン


まだまだホルモン


やっと牛肉・・・

翌朝は渓美隊にしては珍しく4時半起床、6時半行動開始。今日こそ本当の理想郷である滝上に入る。滝の手前からの巻き道はかなりの急坂でピンソール必携とのこと。ここで私の右のピンソールのバックルが千切れていることが発覚。こんなときのためにと針金を携帯していたのでなんとか応急処置。高巻きの途中で今度は左のピンソールを紛失。紛失した場所は大体把握していたので帰りに回収することにする。右のピンソールは違うところが壊れてしまった。

一回り周囲を見渡し夢の舞台にいることを実感する。早速佐藤さんが釣ってハリウッド映画に出てくるソバカスまみれの外国人の子供の吹き替えのように鼻にかかった甲高い勘に触る笑い方をしている()。 高橋さんは無表情のクールガイを気取っているがサングラスの奥の目はニヤついているに違いない。

「今のは気持ち良く釣ったね。」「今のは釣れただね。」「ゲ?!見てました?今のはナシで()。」などと互いの釣りを見ながらワイワイ釣り上がる。後半集中力が切れてライントラブルを連発してしまい、誰も見ていないところで小さく発狂。ラインを解き佐藤さんに近づくと「ごめん今日も大物賞貰っちゃった、ドゥフフ。」と差し出されたのはナイスな尺上。ライントラブルさえなければ私が釣ったのに憤怒ぅぅうう!!!!

魚止めが近づくにつれ明らかにサイズアップし、泣尺程度ではありがたみを感じられなくなり感覚が狂う。お2人的には「昨日の方が型が良かったね。今日は痩せ気味でブリブリイワナは釣れないね。」と。私に限っては十分すぎる釣果にアヘ顔で納竿。

巻き道を忠実に辿り左のピンソールを回収。こちらもバックルが千切れていた。急坂の下り口の上で左のみ針金で固定し「お待たせしてすみませんでした。」と言うと、高橋さんが「右はどうにかならないの?」と。この言葉は本当に嬉しかった。焦りは禁物。防げるアクシデントに対しまぁいっかはナシと反省。活かし魚籠に穴が開いていたので佐藤さんは先にダッシュで下ってくれた。右もまた針金で固定することに成功し無事下れた。

関係ないけど高橋さんの黒い沢靴が格好良かった。チェーンアイゼン、活かし魚籠、沢靴。下山後は得意の散財祭確定(滝汗)

2日目 本命の釣り場を目指す


本日も爆釣モード!








魚止めを確認して納竿


ピンソールを修理して急斜面を下る


「今日は焼き枯らしをするぞ!ヂュンは初めてだったよな、美味いぞ〜〜。他にもヂュンは食べたことがないのが2つね」

「ふぉぉおおおお!!うぇいうぇいうぇーい!!」

手際良く準備し早速乾杯。残念ながら深谷ホルモンではないが、高橋さん作成ホルモンうどんは斉藤家の晩飯メニューに即採用決定!おかわり必至の美味さに箸を制御するのが困難に。

今宵も贅沢メニューに顔がスライム化。3人しかいないのに話題が尽きないのが不思議。基本的に毒舌な佐藤さんも絶好調()。ほどよく気持ちよくなってきた頃。待ってましたのイワナの昆布締め。私も昆布締めにしてほしいほどと言ったら伝わるだろうか。

翌朝洗い物をしていると足元からモグラが出てきて泳いで渡渉をしだした。視力が悪い筈なのに、流れの緩いところを選んで幅4~5mほどを対岸まで器用に泳ぎきってしまった。イワナの腹からモグラが出てきたことがあると聞いたことはあったが、なるほどこれで合点がいく。

蒸し暑い下界のことを思うだけで具合が悪くなるが帰る時間だ。名残惜しくも「テン場に礼!」

後ろを歩く佐藤さんが口ずさむ替え歌が脳内でヘビロテしながらヨロヨロと。歩き飽きてウンザリする頃に着いた車止めではその筋の方々に有名な長老様と宿のご主人にお会いでき暫し談笑。熱心に我々の釣行について話を振っていただき、長老様は何度も何度も嬉しそうに頷いてくださった。宿のご主人はアプローチの道の下刈りをしてくださったとのこと。多くの方々がそれぞれの思いで繋いできたこの地の歴史を感じ、いつまでも山の恵みの豊かな地でありますようにと願う。夢のような時間はお仕舞い。ブッ倒れてしまいそうな40度の世界に向かった。

2日目の宴会開始!


今日もホルモン


オニオンスライス シーチキン乗せ


棒棒鶏(バンバンジー)


マメッ!


「私も昆布締めにしてっ!」 イワナの昆布締め&藻塩


焼き枯らし 焦がさないようにチョイチョイ面倒を見る


3日目の朝食メニュー


お弁当持って帰りましょ


ヂュン汁決壊! 思わず水に飛び込む




夢のような時間はお仕舞い。ブッ倒れてしまいそうな40度の世界へ


色鮮やかなタマゴタケの幼菌